2017年2月4日土曜日

サイモチの神-巨人篇-

 「デカいというのはそれだけで偉い」ととある先輩釣り師が言っていたが、確かにそういう部分があることは否定できない。
 サメからちょっと脱線するが、史上最大の脊椎動物であるシロナガスクジラが水面で潮を吹いて(呼吸して)その後潜っていく映像を見たことあるのだが、最初潮吹いて、背中がでて、そこから延々と背中が続いて、まだかまだかと息をのんでいるとやっと尻ビレが水面上に現れて潜行していく、という感じでその体躯の信じられないまでの巨大さに見蕩れてしまった。デカいというだけで畏敬の念が湧いた。
 さすがにシロナガスには負けるとしても、サメにも充分デカいのがいて、ベストスリーはジンベイザメ18m、ウバザメ15m、ホホジロザメ8m(いずれも全長、日本産魚類検索参照、以下同様)だとされている。
 ただ、ご存じのようにジンベイザメ、ウバザメはプランクトン食で鋭い歯を持っていないので刃を持つ神「サイモチの神」として紹介するには不適当であり、改めて巨人族の「サイモチの神」ナマジ的ベスト3を紹介してみたい。

○3位 イタチザメ
 検索図鑑では4mとなっているけど、実際にはもっと大きいのが確認されていて6mぐらいにはなるようだ。ちなみにIGFAの記録では810kgというのが釣られている。
 ホホジロザメと並んで人を襲う事故が多い種で日本では沖縄などでこの種による被害が散見される。延縄や網にかかった魚を食害するとして、定期的に間引く「駆除」の対象ともなっている。駆除で400キロとかの充分な大物が釣れたりしているので是非釣らして欲しいのだが、延縄で沢山餌を付けて長時間かければそれなりに釣れるけど、竿1本で狙うとなるとなかなか難しいとも聞く。
 特徴的なのは、何でも食べる悪食性で、映画「ジョーズ」では最初にこの種が釣れて、人を食った個体か確認するために腹を割くと、空き缶やらルイジアナのナンバープレートやらが出てきたけど人を食った形跡はなくて・・・という感じだったんだけど、空き缶やらナンバープレートは実際に論文でそういう事例が報告されていたのを引っ張ってきていると聞いて改めて「ジョーズ」のデキの良さに感心した記憶がある。
 「何でも食べる」なかでも特にコイツだけだろというのがウミガメ食で、その特徴的なとがったハート型とでもいう形の歯を使ってウミガメをバリバリ囓って食ってしまうらしい。
 この何でも囓ってしまう大型の「サイモチの神」には特別な力が宿っていると考えられたのもむべなるかな、ハワイのホノルル水族館には、ハワイの原住民が戦闘用に使っていたとされるイタチザメの歯を使ったメリケンサックのような拳に巻いて使う武器が陳列されていた。写真がそれである。
 ハワイ島の釣具屋に行くと「サメ夜釣りツアー」のビデオが流れていて、船縁に寄せられてきた4m位はありそうなイタチザメが舷側をガリガリと囓ろうとしていた。
 英語では縞模様からタイガーシャークと格好良く呼ばれているが、日本にはネコザメの仲間の可愛いサメにトラザメと標準和名で呼ぶのがいて、どこがイタチか理解に苦しむけどイタチザメが標準和名とされている。

2位 ホホジロザメ
 魚食性の魚類が1トンを超えるのは難しいのかも知れない。硬骨魚類でも最大種のマンボウ(ウシマンボウ)は1トンを軽く超えるがクラゲなどプランクトン食である、魚食性のカジキ類は最大のシロカジキでも700キロぐらいまでだ、サメも魚食性の種ではアオザメの500キロ超が最大くらいだろうか。
 ホホジロザメも小型のうちは魚食性である。これが成長すると魚類でこの種だけの特徴といって良い「海産哺乳類食」に移行していく。
 オットセイやクジラといった大型の高次捕食者をさらに食べることで、最大では8m、3トンを超えるともいう巨体を維持しているようなのである。
 さすがに生きた元気なクジラを狩ることはないようだが、死んだクジラに群がっている映像とかは見たことがある。極めて優秀な臭覚を使って死の臭いをかぎつけてやってくる様は英語の別名「ホワイトデス」の通りの白い死神ッぷりといえるだろう。
 南アフリカのオットセイの繁殖地で海底から急浮上して狩りをするホホジロザメは、捕食時水面上にまで飛び上がることから「エアジョーズ」とか呼ばれている。
 この海域でオットセイのシルエットを模した木製の疑似餌を引っ張ると、下からドカンとホホジロザメが飛び出してくるのを観察できるようで、本来はエアジョーズの撮影、ウォッチング用なんだろうけど、フック付けて世界で最もデカい獲物を狙うトップウォータープラッキングをやってみたいなどとアホなことを考えてしまうのである。

1位 オンデンザメ
 2位でホホジロが出てきた時点で疑問に思った方もおられるかも知れないけど、釣りたい順番で単純にデカさ順で並べたわけでもないというのと、ひょっとしてオンデンザメの方がデカくなるんじゃないかということもあっての1位である。
 何しろ、駿河湾とかの深海の底にいるので生態もなにも謎だらけで、検索図鑑の7mというのも果たして最大なのかハッキリしない。というかもっとデカいのがいて知られていないだけだとしても不思議じゃない。ずいぶん前にTV番組で深海を撮影した映像が流れてその時写った巨大なオンデンザメが10m以上だとか根拠もあんまりなくネットで流布されているが、実際には6~7m位らしい。でもたまたま写った個体が最大個体とも思いがたい。もっと大きいのがいるんじゃないだろうか。
 「もっと大きいのがいるんじゃないか説」を裏打ちするのに、ホホジロのところで書いた魚食性魚の成長の限界と最近の大西洋側の近縁種ニシオンデンザメの研究の結果とからのナマジの考察を書いておきたい。
 まず一つには食性。ニシオンデンザメは高緯度地域ではそれ程深くない海にも現れて漁業の対象にもなっているので食性とかがよく調べられているんだけど、何でも食うタイプであり、結構哺乳類を食べている。魚と共にアザラシとかも食べているようで、おぼれたのを食べたのかトナカイが腹に入っていたこともあるらしい。
 オンデンザメも何でも食うタイプでかつ哺乳類も食べると想定すると、当然NHKスペシャルで放送された「深海にクジラの死体を沈めたときに、その死体がなくなるまで大型のサメがそこを縄張りにする」というようなことが、オンデンザメでも想定できるのではないか。NHKスペシャルでは5m級のカグラザメが「深海の帝王」として君臨していたが、サイズ的には上回ることがあるだろうオンデンザメが同じような役割をしてクジラを食べていても不思議ではない。深海にもカグラザメやオンデンザメのような怪物が育つ程度には食い物があるようだ。
 とはいっても、死んだクジラが降ってくるなんていう機会はそうそうないようにも思う。じゃあなぜオンデンザメは大きくなれるのか。最近のニシオンデンザメの研究で彼らがとてつもない省エネでとてつもなくゆっくりと長生きして大型化することが明らかにされてきた。
 平均時速1キロという省エネ泳法で冷たい海の中で代謝を押さえて生活し、成長も1年に1センチとか非常にゆっくり。しかし400年からかかって4mにまで成長。単純計算だとニシオンデンザメの最大とされている7mの個体は700年生きていたことになる。
 ホホジロザメのように活発にエネルギーを消費しながら餌を得ているサメなら、巨体を維持するには飢餓しないように餌を効率的にとり続ける必要がある。
 しかし、超省エネのオンデンザメならしばらく餌がなくても大丈夫で、たまに獲物が手に入るときにガッチリ食いだめして成長していけば、餌をとる機会が少なくても何百年という時間をかけて巨大に成長しうるのではないだろうか。
 ニシオンデンザメは古くから漁業の対象となっているけど、オンデンザメを対象とした漁業は深海に棲んでいることもあり非常に珍しい。ということはオンデンザメの資源のほうが未利用度が高く、古から生きてきた怪物サイズが残っている可能性も高いのではないだろうか。比較的餌の多い浅い海域にも現れて個体数も多いニシオンデンザメと単純に比較はできないのかも知れないが、実際には分からないことだらけな分、期待しても罰はあたらないのではないかと思ってしまう。
 かつ釣りをする場合、深度が深いのが問題だけど、省エネであまり引かないと予想できるので、化け物サイズとのやりとりを想定するうえで、深さを考慮しない引っ張り合いだけのやりやすさなら、オンデンザメが一番楽だと考えられる。
 謎に包まれた魚なので、夜間に浅い水深に浮いてくるとか、冬に浅い海域にやってくるとかそういう深さをチャラにするような生態があるのなら、チャンスは出てくるのかも知れない。などと妄想がはかどる「サイモチの神」なのである。

 いずれにせよ、こいつらを釣ろうと思ったら普通じゃ間に合わない。体も鍛えなければならないし、道具や技術も未知の領域で、正直この人生が終わるまでにたどり着ける気はあんまりしない。
 でも、心の中にはそういう「神」を泳がせておいても悪くはないのかなと思う。

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